世にも奇妙な物語|ペルソナ化するMBTI診断

これは、ある壮大な皮肉についての物語です。
1900年代初頭、カール・ユングは人々が「社会的仮面(ペルソナ)」を被ることで本当の自分を見失うと警告しました。そして彼の理論をもとに開発されたMBTIは、まさにその仮面を剥がし、真の自己と向き合うためのツールとして誕生したのです。
ところが近年、ペルソナを剥がすために生まれたツールが、いつの間にか史上最大規模のペルソナ製造装置に変貌していました。
「私はINFJ。最もレアで深いタイプ」——これは本当の自分でしょうか、それとも新しい仮面でしょうか?
この記事では10000文字をかけて、X界隈の性格タイプ自認文化を、心理学・哲学・歴史の視点から解剖します。16タイプに隠されたコンプレックス、群集心理のワナ、そしてユング自身が見たら何と言うかという考察まで。
知的好奇心への投資として、決して損はさせません。
- 1. 前提理論|ペルソナとコンプレックス
- 1.1. MBTIブームと「タイプ自認文化」の正体
- 1.2. 読者の選定|4タイプのマトリックスで整理する
- 2. もはや世にも奇妙な物語
- 2.1. ペルソナとは?|社会に適応するための仮面
- 2.2. 逆に、タイプがペルソナを生み出した
- 3. 16タイプ別|自認の動機に焦点を当てる
- 3.1. 自認の裏に何を求めているか?
- 3.2. ユング心理学|3種の神器
- 4. なぜ若者はMBTI診断に惹きつけられるのか?
- 4.1. 不安定な社会と安定したラベル
- 4.2. コミュニティ参加のパスポート
- 5. MBTI診断にハマった末路
- 5.1. タイプ=自分になってしまう
- 5.2. ラベルを守るために現実をゆがめる
- 6. なぜ人は”群れ”の中で過激になっていくのか
- 6.1. 群集心理の基本構造
- 6.2. フランス革命と現代の性格界隈
- 7. タイプ論は「仮面」ではなく「道具」として使おう
- 7.1. タイプ論を使う側になるか?使われる側になるか?
- 7.2. 性格界隈はビジネス界隈よりも楽しい
- 7.3. あなたがもし、性格界隈の外から眺めている立場なら…
- 8. あとがき:この記事を書いた理由
- 8.1. 本テーマについてはよく話す|満足度が高い
- 8.2. アフターフォローする仕組みを作った理由
前提理論|ペルソナとコンプレックス
その裏には、ユング心理学でいうペルソナ(社会に見せる仮面)とコンプレックス(劣等感)の問題が潜んでいます。
特定のタイプラベルに強くしがみつく背景には、実は「本当の自分」ではなく「そうありたい自分」を演じ続けている構造があるのかもしれません。
MBTIブームと「タイプ自認文化」の正体
若者を中心にMBTI診断に惹きつけられる理由は、いくつか考えられます。
まず、自己理解ブームです。「自分探し」という言葉は昔からありますが、現代はそれが一層切実になっています。就職、恋愛、人間関係——あらゆる場面で「自分らしさ」を求められる一方、その「自分らしさ」が何なのかわからない。そんな不安が、わかりやすいラベルへの渇望を生んでいます。
次に、将来不安と社会不安の増大です。経済的な不安定さ、先の見えない未来、SNSでの絶え間ない比較——こうした環境の中で、「自分は何者か?」という問いは、単なる哲学的好奇心ではなく、実存的な切実さを帯びてきます。MBTIは、その問いに対して「あなたはINFJです」「ENTPです」という明快な答えを返してくれるのです。

そして、SNS時代の「キャラ設定」需要も見逃せません。Xでは、プロフィール欄に「INFP / エニアグラム4w5」などと書くことで、一瞬で自分のキャラクターを提示できます。初対面の相手とも「同じINFJだ!」と共通言語が生まれ、コミュニティへの参加パスポートになる。これほど便利なツールは他にありません。
読者の選定|4タイプのマトリックスで整理する
さて、ここで整理しておきたいのが、性格タイプとの「付き合い方」には大きく4つのパターンがあるということです。
2つの軸で考えてみましょう。
縦軸:活動場所
- 性格界隈民:
X内でタイプ論談義を日常的にしている人 - 非性格界隈民:
主にリアル(職場、カウンセリング、対面セッションなど)でタイプ論を使っている人
横軸:関わり方
- ペルソナ型:
自分のタイプ自認に強く囚われている/ラベルにアイデンティティを預けている人 - 非ペルソナ型:
自分のタイプを理解しつつ、道具として現実にうまく活かせている人
この記事では、特に「① 性格界隈民 × ペルソナ型」の人たちに焦点を当てながらも、本当に読んでもらいたいのは、性格界隈外×非ペルソナ型の人たちです。これもある種の類型なのかもしれません。
もはや世にも奇妙な物語

お前誰だよ?
ところが近年、ペルソナを剥がすために生まれたツールが、いつの間にか史上最大規模のペルソナ製造装置に変貌していましたの末路です。
ペルソナとは?|社会に適応するための仮面
それは、社会に適応するために私たちが被る「仮面」のことです。ユングは、人々が本当の自分ではなく、社会が期待する役割を演じることで心理的な問題を抱えると考えました。
彼の心理学的方法論の核心は、まさにこのペルソナを剥がし、本当の自分と向き合うことにありました。
では、そのユング理論をベースに開発されたMBTI(マイヤーズ=ブリッグス・タイプ指標)は、何のために作られたのか?
答えは明快です。人々が社会的な仮面を脱ぎ、自分本来の認知スタイルや価値観を理解し、より真正な生き方を見つけるため——つまり、ペルソナから解放されるためのツールだったのです。
逆に、タイプがペルソナを生み出した
しかし、2024年の現実を見てください。
- 「私はINFJだから繊細で理解されにくい」
- 「ENTPだから天才肌で議論が得意」
- 「INTJだからクールで戦略的」
これらは、果たして「本当の自分」でしょうか? それとも、新たに纏った「仮面」でしょうか?
皮肉なことに、ペルソナを剥がすために作られたはずのツールが、いつの間にか現代における最も強固なペルソナ製造装置になってしまったのです。
人々は「16タイプ」という新しい仮面のカタログから好みのものを選び、それを自分のアイデンティティとして纏っている。
ユングが100年前に警告した「ペルソナとの同一化」が、まさに彼の理論を応用したツールによって大量生産されているという——これは、まるで世にも奇妙な物語のような光景ではないでしょうか。
歴史が好きな皮肉は、こういうものです。
革命は常に、打倒しようとした旧体制と同じ構造を再生産してしまう。
そして、MBTIもまた、解放のためのツールから、新たな檻へと変貌を遂げたのです。
16タイプ別|自認の動機に焦点を当てる
さて、では具体的に見ていきましょう。各タイプを自認する背後には、しばしばペルソナ(社会に見せたい理想の自分)とコンプレックス(隠したい劣等感)の構造が隠れています。
観察者としての私の視点は、批判ではなく、興味深い人間模様への好奇心から来ています。
自認の裏に何を求めているか?
キーワードは、本人たちがMBTI診断のタイプを通じて、自分をどう見せたいか?また、何が、その人たちのコンプレックスになっているか?です。
各タイプのコンプレックスはこちらの記事で解説をしております。
ENTP ─ 天才キャラの無敵感
ENTPを名乗りたがる人は、「天才」「議論強者」というラベルで無敵感をまといたいのかもしれません。このタイプは「頭の回転が速い」「アイデアマン」として描かれることが多く、知的キャラの象徴になっています。
しかし、その裏には飽き性でやり切れない自分へのコンプレックスが潜んでいることがあります。表面的な機転で「賢いキャラ」を保たないと、中身の薄さがバレてしまう——そんな不安がペルソナを強化するのです。
INTJ ─ クールな戦略家という鎧
INTJは「クール」「戦略家」「IQ高そう」というイメージの塊です。このラベルを手に入れれば、感情処理や人間関係の苦手さを「私は理性的だから」という言い訳で覆い隠せます。
本当は臆病で傷つきやすいのに、「賢さ」という盾を持つことで、自分の弱さから目をそらしているケースもあるでしょう。クールさを装うことほど、内面の熱さを隠すのに都合の良い方法はありません。
INTP ─ 純粋思考の正当化
INTPを名乗る人は、「論理」「思考」「賢さ」の象徴でいたいのかもしれません。しかし、その奥には決断や実行への苦手さが隠れていることがあります。
「考えているだけの自分」を正当化するために、INTPというラベルが都合よく機能してしまうのです。哲学者を気取れば、行動しない自分を知的だと言い換えられる——なんと便利な防衛機制でしょう。
INFJ ─ レア度という特別感
INFJは「最もレアなタイプ」として知られ、「深い」「洞察力がある」というブランドイメージがあります。このラベルは、対人不安と自己肯定感の低さを抱えた人にとって、格好の隠れ蓑になります。
「理解されたいのに近づかれるのが怖い」という矛盾を、「レアで深いから理解されない」という物語で美化できるのです。希少性という価値は、時に欠乏の言い訳として機能します。
ENFP ─ 自由という名の逃避
ENFPは「感性豊か」「自由」「魅力的」という愛されキャラの代名詞です。しかし、その自認の裏には、内面の混乱や飽きっぽさへのコンプレックスがあるかもしれません。
「自由だから続かない」「ENFPだから仕方ない」——そう言えば、逃避を正当化できてしまうのです。自由人を演じることは、実は不自由から目を逸らす最良の方法なのかもしれません。
INFP ─ 繊細さを美化する
INFPは「繊細」「美しい内面世界」を持つ主人公的存在として描かれます。このラベルに惹かれる人は、傷つきやすさ、逃避癖、低い自己評価を抱えながら、それを「深さ」「感受性」として美化したいのかもしれません。
「弱さ」ではなく「繊細さ」として語り直すことで、自分を守っているのです。詩的に語れば、脆さも芸術になる——言葉の魔法とはよくできたものです。
ISFP ─ 感性という個性の証明
ISFPは「アーティスト」「センスがいい」というイメージを持ちます。しかし、凡人である不安を抱える人にとって、このラベルは「私は個性的だ」という証明書になります。
「個性的」を装わないと、自分が空っぽに感じてしまう——そんな恐怖がペルソナを生むのです。
ESFP ─ 盛り上げ役の空虚さ
ESFPは「陽キャ」「人気者」「楽しい人」のポジションです。しかし、その裏には一人になると押し寄せる空虚さがあるかもしれません。盛り上げ役をやめた途端、自分の価値が消えてしまいそうな不安
——それを「ESFPだから」で埋めているのかもしれません。パーティーの後の静寂ほど、饒舌な人間を怖がらせるものはありません。
ESTP ─ 行動力という仮面
ESTPは「行動力」「強さ」「カリスマ」の象徴です。しかし、衝動性と内面の不安定さがコンプレックスになっていることがあります。
じっくり考える自分、弱い自分を見られるのが怖いから、常に「強いキャラ」を演じ続ける必要があるのです。動き続けることは、立ち止まって自分と向き合わないための最良の戦略です。
ESTJ ─ 真面目さという鎧
ESTJは「リーダー」「有能」「信頼される人」というイメージです。しかし、本当は自信がなく、弱さがバレることを過度に恐れているケースもあります。
「真面目さ」が崩れると、自分そのものが崩壊してしまう——そんな恐怖がこのペルソナを固定化させるのです。責任感という美徳は、時に完璧主義という呪いに変わります。
ENTJ ─ 支配者という防衛
ENTJは「最強指揮官」「支配力」「戦略家」の肩書きを持ちます。しかし、その裏には傷つきやすさと失敗への恐怖があるかもしれません。「支配する側」にいないと、自分の弱さが暴露されてしまう——だからこそ、このラベルに固執するのです。権力への渇望は、しばしば無力感の裏返しです。
ENFJ ─ カリスマという依存
ENFJは「カリスマ性」「人望」「導く人」として描かれます。しかし、嫌われることへの強い恐怖がその根底にあることがあります。
導く側の仮面の裏には、承認欲求と人間関係への依存が隠れているのです。人を導くことは、時に自分の孤独から逃げる方法になります。
ISTJ ─ 正しさという安全地帯
ISTJは「誠実」「堅実」「現実的」な「正しい人」のイメージです。しかし、柔軟性のなさや新しいことへの恐れがコンプレックスになっていることがあります。
慎重さの裏には「失敗が怖い」という不安があり、それを「正しさ」で覆っているのかもしれません。ルールに従うことは、判断の責任を回避する最も確実な方法です。
ISFJ ─ 良い人という犠牲
ISFJは「優しい」「献身的」「思いやりがある」象徴です。しかし、その裏には押し殺した怒りと不満が潜んでいることがあります。「良い人」を手放すと人間関係が崩壊しそうで怖い——だからこそ、このペルソナを維持し続けるのです。
献身は美徳ですが、時にそれは自己犠牲という名の復讐になります。
ISTP ─ 孤高という距離の取り方
ISTPは「冷静」「器用」「無駄のない職人」として描かれます。しかし、社交の苦手さや感情表現のぎこちなさがコンプレックスになっていることがあります。
孤高を演じることで、人との距離を保ちたい——そんな防衛機制が働いているのかもしれません。一匹狼を気取れば、群れに入れない自分を正当化できるのです。
ESFJ ─ 調整役という不安
ESFJは「みんなに好かれる人」「良い人」の肩書きを持ちます。しかし、孤独への恐怖と裏の支配欲が隠れていることがあります。調整役をやめたら、自分の価値が消えてしまう——そんな不安がこのペルソナを強化するのです。
和を保つことは、時に他者をコントロールしたい欲求の洗練された形です。
ユング心理学|3種の神器
これらのパターンは、ユング心理学の
- ペルソナ|社会に見せる仮面
- シャドウ|認めたくない自分の側面
- コンプレックス|抑圧された劣等感
の3つの概念で説明できます。
タイプラベルは、理想の自分(ペルソナ)を演じるための衣装であり、同時に、認めたくない弱さ(シャドウ)を隠すための盾にもなるのです。その奥には、X|Twitterの中で、特定のペルソナを演じたいコンプレックスが存在しているのかもしれません。
本来の自己理解とは、本人の内面の弱さに焦点を当てるものだと思います。少なくとも、私自身は、この3つを意識して16性格診断に取り組んできました。
半面、X|Twitter内でのポストのやり取りを見ると、参加者のアカウントは無意識のうちに「なりたい自分」のラベルを選び、それと「本当の自分」を混同していることです。
自己認識と自己欺瞞の境界線は、思いのほか曖昧なものです。
なぜ若者はMBTI診断に惹きつけられるのか?
不安定な社会と安定したラベル
現代社会は、かつてないほど不安定です。終身雇用は崩壊し、将来の保証はなく、SNSでは常に誰かと比較され続ける。
そんな中で、「自分は何者か?」という問いは、単なる好奇心ではなく、実存的な切迫感を持ちます。
MBTIは、この問いに対してわかりやすい物語を提供してくれます。
「あなたはINFJです。内向的で直感的で、理想主義者です」
——そう言われると、漠然とした自分の輪郭がくっきりと見えてくる気がします。
混沌とした世界の中で、安定した「自分という物語」を手に入れられるのです。
アイデンティティの不確かさが増すほど、人は確かなラベルに飢える。
それは心理学というより、むしろ経済学の需要と供給の法則に近いかもしれません。
コミュニティ参加のパスポート
さらに、タイプ自認はコミュニティへの入場券にもなります。
- 「INFJ専用グループ」
- 「ENTP同士で議論しよう」
といったコミュニティに参加するには、まず自分のタイプを宣言する必要があります。孤独な現代において、「同じタイプの仲間」という帰属意識は強力です。
ラベルを共有することで、初対面でも一瞬で「仲間」になれる。これほど手軽な所属感は他にありません。
- 部族社会では血縁が絆でした
- 近代では国籍や職業が絆になりました
そして現代では、MBTIタイプが新しい部族の印になったのです。人間の帰属欲求は、形を変えながら永遠に続きます。マズローの5段階欲求が機能していると言えるでしょう。
MBTI診断にハマった末路
タイプ=自分になってしまう
しかし、問題はここからです。
最初は「自己理解のツール」として使っていたMBTIが、いつの間にか「自分そのもの」になってしまうのです。
ユング心理学では、これを「同一化(identification)」と呼びます。ペルソナ(仮面)と自分自身を区別できなくなり、「演じている役割=本当の自分」と信じ込んでしまう状態です。
「私はINFJだから繊細」「ENTPだから議論好き」——最初はこれで良かったかもしれません。しかし、次第に現実の自分をラベルに合わせるようになっていきます。
ラベルを守るために現実をゆがめる
「INFJは内向的なはずなのに、パーティーが楽しかった…これは本当の自分じゃないのかも?」 「ENTPは賢いはずなのに、この問題が解けない…私は偽物のENTPなのかも?」
こうして、ラベルに合わない現実が苦痛になっていきます。本来なら、「人間は多面的だから、いろんな面があって当然」と考えられるはずが、タイプと同一化してしまうと、ラベルから外れる自分を「間違い」だと感じてしまうのです。
タイプ論は、自己理解の道具から、アイデンティティを守る鎧へと変質していきます。そして、その鎧は次第に重くなり、身動きが取れなくなっていくのです。
ここに、もう一つの皮肉があります。自分を理解するためのツールが、いつの間にか自分を規定する檻になる。解放のための地図が、迷路そのものに変わってしまう。これもまた、人間の認知が持つ奇妙な性質です。
なぜ人は”群れ”の中で過激になっていくのか
群集心理の基本構造
ここで、もう一つの重要な問題を見ていきましょう。それはコミュニティと群集心理のワナです。
人間は、「同じラベルを共有している」という安心感の中で、急速に思考停止していきます。群集心理の研究が示すように、集団の中では以下のことが起こりやすくなります。
- 敵と味方の単純な二分化:「私たちINFJ vs 理解できない他のタイプ」
- 正義の物語の共有:「私たちは正しい、あいつらは間違っている」
- 攻撃性の正当化:「正しいことを言っているだけ」という大義名分
個人としては善良で理性的な人々が、集団になると突然、攻撃的で教条的になる。これは、人類史を通じて繰り返されてきたパターンです。
フランス革命と現代の性格界隈
ここで、少し歴史を振り返ってみましょう。
18世紀末のフランス革命は、「自由・平等・博愛」という崇高なスローガンのもとで始まりました。しかし、いつの間にかその革命は、粛清と暴力を正当化する装置になっていきました。
自分らしさを求め群衆に…
個人として考えることをやめ、「民衆の正義」「革命の大義」に飲み込まれた人々は、かつての仲間を次々とギロチンにかけていきました。なぜか? 群衆の中では、個人の良心が集団の正義に上書きされてしまうからです。
恐ろしいのは、彼らが自分を「悪人」だとは思っていなかったことです。むしろ、正義を実行していると信じていました。善意ほど危険なものはない——これは歴史が何度も証明してきた教訓です。
これは、現代の性格界隈でも同じ構造が見られます。

「INFJは本来こうあるべき」「その行動はENTPらしくない」「あなたは本当はINTJじゃない」といった「正義の物語」が共有されると、それに従わない人を攻撃することが正当化されてしまいます。
本来は多様な人間理解のためのツールだったはずのMBTIが、いつの間にか人を裁く基準になっているのです。
「自認警察」「タイプ決めマウント」
これらの言葉が生まれたこと自体、界隈がある種の統制空間になっていることを示しています。
もちろん、フランス革命ほど深刻ではありません。誰もギロチンにはかけられていません。
しかし、構造としては同じです。集団の中で「正しさ」を共有すると、人は簡単に攻撃的になり、思考を停止させてしまうのです。
オンラインという匿名性と距離感が、この傾向をさらに加速させます。

リアルでは言えないことも、画面越しなら言える。
そして、「同じタイプの仲間」という連帯感が、攻撃を正当化する。
人間は本質的に、部族的な生き物なのかもしれません。
そして、現代のSNSは、その原始的な衝動に、最新のテクノロジーという翼を与えてしまったのです。
さて、ここまで読んできて、「じゃあMBTIは悪なのか?」と思われた方もいるかもしれません。
答えは、ノーです。
タイプ論は「仮面」ではなく「道具」として使おう
さて、ここまで読んできて、「じゃあMBTIは悪なのか?」と思われた方もいるかもしれません。
答えは、ノーです。
MBTIも、エニアグラムも、ソシオニクスも、それ自体は素晴らしいツールです。
タイプ論を使う側になるか?使われる側になるか?
問題は、「どうハマるか」「どの距離感で付き合うか」なのです。
タイプ論を「仮面」として使ってしまうと——つまり、自分のアイデンティティとして固執してしまうと——それは鎧になり、やがて鎖になります。
一方、タイプ論を「道具」として使えれば——つまり、自己理解や他者理解のための一つの視点として柔軟に扱えれば——それは強力な武器になります。
現実世界では出会えない人々とたちと出会えます。
私がXの性格界隈に出入りしているのは、やっぱり前者の人間でありたいと考えているからです。
性格界隈はビジネス界隈よりも楽しい
現在は複数の起業家系コミュニティにも属していますが、エニアグラムやMBTIを通して学んだことが活きています。下手なマーケティングやビジネスフレームワークを学ぶより、性格タイプ論を学ぶ方が実践的だと、私は考えています。
同時に、私は性格界隈を「笑い半分・学び半分」で眺めています。
完全に没入せず、適度な距離を保つこと。これが、タイプ論と健全に付き合うコツだと思っています。
あなたがもし、性格界隈の外から眺めている立場なら…
それは実は恵まれた位置にいるのかもしれません。客観的な視点を保ちながら、必要なときだけタイプ論という道具を取り出して使える——それこそが、最も賢い付き合い方なのですから。
タイプは、あなたを守る鎧にもなるし、あなたを縛る鎖にもなる。どちらになるかは、あなた次第です。
ラベルではなく、実際の行動、人間関係、仕事の変化で自己理解を測りましょう。自分のタイプを「知る」ことよりも、その知識を使って「何を変えるか」の方がずっと大切です。
あとがき:この記事を書いた理由
この記事を書いたきっかけは、実は私のセッションにあります。
ここ数年、エニアグラムや16性格診断のセッションを提供する中で、クライアントの方々から「X(Twitter)の性格界隈」について相談を受ける機会が増えてきました。
興味深いのは、私のクライアントの多くが、界隈にどっぷり浸かっているわけではないという点です。むしろ、やや距離を置いた「アウトサイダー」的な立場から、界隈の構造そのものに知的好奇心を抱いている方が多いのです。
「なぜあの人たちはあんなにタイプにこだわるのか?」 「自分も少し気になるけれど、深入りするのは怖い」 「あの界隈特有の空気感は、いったい何なのか?」
本テーマについてはよく話す|満足度が高い
こうした質問を受けるたび、私は本来のセッション時間とは別に、1時間ほどかけて雑談ベースでお客様とお話をすることも珍しくありません。
そこで語る内容が、まさに今回の記事の骨子なのです。
私がエニアグラムやMBTI、ソシオニクスを扱うのは、これらが「社会と自分との関係を作るための道具」だと信じているからです。
生きやすさ、自分らしさを築くための言葉や世界観を獲得する——それがタイプ論の本来の価値だと思っています。
何度もお伝えしますが、理論を学ぶのは、理論を使いこなすためです。
理論に使われる人を育てたいわけではありません。
もちろん、5時間や8時間のセッションだけで、すべてが完結するわけではありません。中には、すぐに理解が深まる方もいれば、時間をかけてゆっくり咀嚼していく方もいます。
アフターフォローする仕組みを作った理由
私はタイポロジースクールという仕組みを作り、お客様を半永久的にフォローアップする体制を整えています。
タイプ論の神髄まで理解していただく過程を共に歩むこと。そして、この「沼」にハマらないようにすること。
それが、タイプ論を教える者として、お金をいただく者としての、私の責任だと考えています。
この記事は、その責任の一環なのかもしれません。
もしあなたが、タイプ論を「道具」として使いこなしたいと考えているなら。あるいは、X界隈の不思議な構造について、もう少し深く知りたいと思っているなら。
私のセッションやスクールが、何かのヒントになるかもしれません。
ラベルに囚われず、理論に使われず、しかし理論を自在に操る——そんな知的な遊び方を、一緒に探求してみませんか?
性格タイプ論は、人生をより豊かに、より自由に生きるための補助線です。
その補助線を、あなた自身の手で引けるようになること。それが、私がセッションを通じて目指していることです。
詳しくは、タイポロジースクールの情報をご覧いただくか、まずは気軽にエニアグラムセッションからお試しください。きっと、あなたの知的好奇心を満たす対話ができると思います。
エンタメに飽きた方へ
娯楽からコミュニケーションツールへ
エニアグラムと連携
性格のどう(HOW)となぜ(Why)をマスター
9つの性格タイプ一覧
運営者情報

「ひよこ君とフクロウ君のエニアグラム( 9つの性格 )講座」の運営者。本業はホームページ制作。ホームページの効果を実証するために、ひよこ君とフクロウ君のエニアグラム講座を開始。気づけば、エニアグラム、16性格診断、ソシオニクスのタイプ判定を生業にしている。
・エニアグラム:3w4sp-sx-so&Tritype386
・16の性格:ENTP(討論者)&ILE(ENTp)(発明家)
・ストレングスファインダー:着想、戦略性、学習欲、達成欲、自我
などの性格類型を活用して、自分らしく生きる方法を提唱中。



















