木村なおき
これまでのあゆみと
これからの展望
~2003年
海外生活
父の仕事の都合で米国・オハイオ州で暮らすことになりました。
2005年~
学生時代
1年浪人をして立教大学へ合格。テニスサークルでの華やかな生活を夢見るも、大学デビューに失敗。それ以前に授業についていけず、2年生からマジメに勉学に励む。経営組織論ゼミとディベート部に所属しました。毎週1冊本を読んでスライドを作ってプレゼンテーション。
意外にも大学時代に培った「即興対話力」と「言語化能力」が、今のお仕事に活きています。
2008年~
会社員時代
社会人となり「手に職を」とSE(システムエンジニア)を目指すことにしました。
しかし、ここで最初の壁に直面します。「正確性」を求められる業務が苦手すぎる…。現場を転々とする日々が続き、自信を削り取られていきました。会社員は23~29歳まではしていましたが、人に誇れるような実績は皆無でした。
2013年
発達障害の疑いをかけられる
どこの現場に行っても上手くできず、上司から医者に行くよう促されました。翌日、会社紹介の病院に行くと、「抑うつ状態ですね。休職しましょう。あと、発達障害の疑いがあります」と言われて、パニック。そのまま休職。
半年間の休職を経て、そのまま退職しました。なお、発達障害の診断は最後まで下りませんでした。
2014年
暗黒の1年間…人生路頭に迷う
休職を経て退職。30歳、無職、貯金ゼロ。貯金が底を尽きたころにコールセンターや事務職などあらゆる職を転々していましたが、3カ月続きませんでした。完全に「社会不適合」の烙印を押された…と感じたような暗黒の1年を過ごしました。
2015年~
Webデザイナーを目指す
ハローワークに行ったところ、職業訓練校を勧められ、「Webクリエーター科」に進みました。もう何もなかったので、「何か創り出すこと」に希望を感じていました。職業訓練校は楽しかったです。久々に人と話したような気持ちになれて、人間に戻れた気がしました。3カ月のWebサイト制作の学習を経て、いざ就職。
しかし現実は厳しいものです。数百社の不採用通知…という無残な結果に。
2016年~
副業でディベート講座を開く
決心しましました。「もうまともに働くことは無理!自分でやるしかない」。
その後、派遣写真で事務職として働く傍ら、独学でディベート専門サイトを立ち上げました。平日は仕事で時間がなかったので『即興型のディベート』のサイトを作り、副業で即興ディベートワークショップを開講。
2017年~
エニアグラムとの運命的な出会い
Webデザイナーとしてアルバイトや転職を試みるも、やはり長くは続かない。社長から「客先に出せないから自社サイトを更新しておいて」と言われる始末。でも、この経験が、今の武器になっています。
そんな自信喪失の中、参加した心理学コーチ認定講座で「エニアグラム」に出会いました。
誰よりも深く体系を理解し、その日のうちにエニアグラムをモノにできている自分に気づきました。この時、自分の中にある才能に気づきました。「あ、その場で答えを導き出す
2018年~
起業デビュー×理想のスタート
2018年の5月に、地元の会社を辞めました。また振出しスタートか…と思っていた矢先に、一般社団法人コーチング心理学協会の先生から連絡が…お仕事の依頼でした。「サイトを2つ作って欲しい。型は一緒で配色だけ変えてくれ…」との事。
3日で作りました。
- 一般社団法人コーチング心理学協会
- 一般社団法人ポジティブ心理カウンセラー協会
何気にこれが開業デビューでした。
2019年~
再び派遣社員×副業へ
Webデザイナーとしてアルバイトや転職を試みるも、やはり長くは続かない。社長から「客先に出せないから自社サイトをやってろ」と言われる始末。
そんな自信喪失の中、参加した心理学コーチ認定講座で「エニアグラム」に出会います。雷に打たれたような衝撃でした。
誰よりも深く体系を理解し、使いこなせる自分に気づいたのです。これが、私の人生の羅針盤となりました。
2020年~
コロナですべて失う
Webデザイナーとしてアルバイトや転職を試みるも、やはり長くは続かない。社長から「客先に出せないから自社サイトをやってろ」と言われる始末。
そんな自信喪失の中、参加した心理学コーチ認定講座で「エニアグラム」に出会います。雷に打たれたような衝撃でした。
誰よりも深く体系を理解し、使いこなせる自分に気づいたのです。これが、私の人生の羅針盤となりました。
2021年~
V字回復と「高単価」への挑戦
知人の紹介で入ったビジネス交流会で大金を失うなど「黒歴史」も経験しましたが、背水の陣でエニアグラム診断事業に注力。
ここで大きな決断をします。「安売り」をやめたのです。
覚悟を決めて価格を適正値(従来の数倍)に上げた途端、依頼が殺到。2021年はエニアグラムが事業の柱になりました。
2022年にはMBTI®などの他理論との統合も模索し始めました。
2023年
仕事と恋愛漬け
公私ともに激動の年でした。お付き合いしたパートナーは、ASD・ADHDの診断(手帳)を持つ当事者。 彼女との生活は、まさに「カオス」でした。12時間ノンストップのマシンガントーク、予測不能な行動。
半年で疲弊し、幕を閉じました。この経験は私に「教科書ではない、生々しい発達特性のリアル」を教えてくれました。
同時期、16Type株式会社様のサイト制作を機に認定資格を取得。「エニアグラム」×「16タイプ(心理機能)」の二刀流スタイルを確立します。
2024年~
AIへの完全シフトと「弱点の外注化」
私にとっての産業革命でした。これまで苦手だった「事務処理」「スケジュール管理」「単純作業」といった致命的な弱点を、すべてAIにカバーさせる仕組みを構築しました。
苦手なことはAIに投げ、私は本来の強みである「思考」と「創造」だけに100%のリソースを集中させました。
これにより、人間ひとりでは不可能だった膨大なパターンの診断テストの研究・開発に着手。
サービスの質が劇的に向上しました。
2025年~
診断システムの完成と、現場での「発見」
研究開発の集大成の年。AIと性格タイプ論を掛け合わせた、独自の高精度な診断ロジックがついに完成しました。
同時に、この技術を広めるためにお客様へAI活用を教える講座も開講。パソコンが苦手な方も多く、基本操作から教える日々でしたが、そこで驚くべき事実に直面します。
受講生の非常に多くが、「発達障害グレーゾーン」を自認する方々だったのです。
「生きづらさを感じているのは、私だけじゃない」。 そう確信しました。AIという「外骨格」で凸凹な自分を支えるこのスタイルは、私一人のものではなく、私たち全員の生存戦略になり得る。
「自分一人で頑張らない」ためのビジネスモデルが、確かな需要と共に完成形を見た瞬間でした。
2026年~
性格と制作の2つで生きると決意
「特性を理解し、正しい武器を持てば、人生はなんとかなる」という事実です。
弱みはAIや仕組みでカバーし、強みだけを活かす。そんな「勝ち筋」は、実は一つではなく、たくさんあるのです。 かつての私のように道に迷っているあなたへ、この「攻略法」を手渡したい。
「自分らしく生き残る未来」を、ここから一緒に掴み取りにいきましょう。
「描くだけの戦略」ではなく、
「勝てる戦術」をあなたに。
私たちは単なる相談相手ではありません。あなたの個性を分析し、社会で生き残るための「戦略」と、それを実行するための具体的な「戦術」を手渡す作戦基地です。
「自分のタイプを知る(戦略)」だけでは、現実は変わりません。
戦略を教えるだけの場所はたくさんありますが、私たちが提供するのはその先です。 あなたの性格タイプという「戦略」に基づき、明日から具体的にどう動くか、どうAIを使うか、どう伝えるかという「戦術(具体的なアクション)」まで徹底して落とし込みます。
これからの時代に求められるのは、抽象的な正解ではなく、「あなたの手持ちのカードでどう勝つか」というリアリティです。
オンラインによる作戦会議や、AIを活用した実務サポートを通じ、どんなときも「ここに来れば具体的な打開策がある」と感じていただける場所を目指します。
あなたの「凸凹」を最強の武器に変える、実践的な戦術家として。 これからも、結果にコミットするサポートを続けてまいります。
主催 木村 真基

